木葉功一のブログ3’

テキスト倉庫と簡単な日記☆

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「ヒト」っていうのは僕らの乗り物ですよね。大事にしましょう。

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これ、提案なんですけども、「ヒト」っていうのは僕らの乗り物ですよね。大事にしましょう。健康とか、長生きとか、元気とかは、僕、良いことだと思います。
何でかっていうとこれ(=肉体)は、僕らの乗り物だから。僕らはついつい、自分の意識ですね、肉体より精神の方が優位だと言うんですけども、確かにそうなんです、当たり前です、何でかっていうと僕らはそういう生物だからですね。
僕らはこの肉体と関係ない、「ヒト意識」っていう寄生生命体だから、簡単にそんなこと言っちゃうんですけども、でも、僕らの乗り物の「ヒト」っていうのは、それぞれ自分自身が大事にしてあげないと、他の誰も大事にしてくれないし、これによって僕らの活動効率も決まっちゃうんですよ。
つまり、僕らが車を運転して生きている生物だとしたら、その車がポンコツだったり、壊れたりすると、何よりも困るのは僕らなんですね。その車が快適に動いたり、どこにでも行けたりするから、僕らは「ドライバーだ」って言えるんですけども、その車が無くなっちゃったらドライバーでも何でもないわけですね。運転免許を持ってるだけの車がない人になっちゃうんです。
なので、乗り物としてのヒトを大事にした方が、僕は良いと思います。

岡田斗司夫のひとり夜話
2009年11月20日、東京での第三回講演より
「人生の意味」

人間とは何か~マーク・トゥエイン

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一人の無神論者が、あるキリスト教信者の未亡人の家に、客になった。その家の男の子が瀕死の病人でいた。無神論者は、たびたび枕元に行っては、いろんな話をして子供を楽しませてやった。
それらの機会を使って、他人にも自分通りに考えさせることによって、それらの人たちの状態を少しでも良くしてやろうという、われわれ人間すべてが持っている欲求だか、それを満足させようとしたんだな。
ところが、死に臨んでその少年は、彼を責めて、こういった。

「ぼくには信仰がありました。それによって幸福でした。ところが、あなたはぼくの信仰を奪い、ついでに心の平安まで奪ってしまいました。いまやぼくには何も残っていません。みじめな人間として死んでいくのです」

そして母親もまたその無神論者に詰め寄って、こういった。

「あの子は、永遠の地獄に落ちてしまいました。わたしの胸は張り裂けるように、悲しみで一杯です。よくもこんな残酷なことができたもんですね」

これにはさすがの無神論者も、後悔で一杯になった。そして答えた。

「たしかにわたしがまちがっていました。いまになって、はじめてわかりました。が、わたしの考えでは、あの坊やの考えは間違っている。だから、真実を教えるのがわたしの義務だと、そう思えたんです」

母親の嘆きを見て、彼の心は痛んだ。子供に棄教を説いていた間、母親のことなどまったく忘れてたんだよ。自分の心に楽しいことをやっている。自分じゃ義務の声だと信ずるものを満足させるだけで、すっかり夢中になってたもんでね。
後悔がこの無神論者の胸を噛んだために、その子供の信仰に対するひどい冷酷さは解消した。彼自身信仰を勉強して、結局はキリスト教信者になった。そして、死んでいく少年から信仰と救いとを奪ったという後悔は、いよいよ厳しいものになった。そのままじゃ、平和も休息も彼の心にはなかった。
だから彼は宣教師になった。そして異教徒たちの国へ行った。

ある原住民の未亡人が、彼の自分の家に迎えて、またそこの子供が瀕死の重病にかかったんだ。宣教師は、いつか犯した過ちのせめて一部なりと償いたい、子供の信じている誤った神への愚かな信仰を掘り崩すことによって、たいへんな奉仕をするつもりだった。
ところが、その子供が死ぬとき、彼を責めて、何と言ったと思う?。

「ぼくには信仰がありました。それによって幸福でした。ところが、あなたはぼくの信仰を奪い、ついでに心の平安まで奪ってしまいました。いまやぼくには何も残っていません。みじめな人間として死んでいくのです」

そして母親もまたその無神論者に詰め寄って、こういった。

「あの子は、永遠の地獄に落ちてしまいました。わたしの胸は張り裂けるように、悲しみで一杯です。よくもこんな残酷なことができたもんですね」

これにはさすがの無神論者も、後悔で一杯になった。そして答えた。

「たしかにわたしがまちがっていました。いまになって、はじめてわかりました。が、わたしの考えでは、あの坊やの考えは間違っている。だから、真実を教えるのがわたしの義務だと、そう思えたんです」

人間とは何か

象牙取引がテロリストたちの資金源に―密猟によるアフリカゾウ絶滅の危機 

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中国も参入、象牙本体と象牙細工。両方輸入は日本だけ

日本の合法象牙取引が違法象牙の流出のきっかけになった後、2008年に中国も合法取引に参加したことによって密猟がさらに悪化した。

近年、中国は、道路建設や貿易商などでアフリカの多くの国に拠点を置き始めている。たとえば、ナイジェリアやケニアなどのアフリカ諸国の国際空港で象牙を押収された中国人の数は2011年度のみで150人にのぼり、アフリカ在住の中国人労働者による象牙の違法な調達の現実が浮き彫りになった。また、中国本土の経済成長とインターネットによる商業取引の繁盛は、アフリカとアジアでの違法象牙取引に拍車をかけている。

国際動物福祉基金(International Fund for Animal Welfare)の象牙市場調査によると、中国で象牙を販売している店舗で合法象牙取引免許を得ている店は全体の64パーセントだが、免許をもつ店の60パーセントで違う商品に同じ象牙ライセンスを見せて何度も使用するなどの違法使用が発覚している。

驚くことに中国人の象牙購入者年齢は、主に26〜45歳までの中流階級だ。若者に人気のネットショッピングサイトなどでは多数の象牙商品が堂々と販売されており、中国本土での象牙需要は減る傾向をみせない。

現在、合法象牙の取引先は日本と中国で、取引対象の象牙の54パーセントは中国へ輸出されている。それを聞いて、象牙問題は象牙輸入率が高い中国の問題だと思ってしまう人も少なくはない。しかし、実は、中国で加工された象牙細工の輸出国に日本が入っているのだ。

中国から象牙細工を輸入している国は、日本、韓国、アメリカ、英国とヨーロッパ諸国(スペイン、ポルトガル、フランス、ドイツ)など。象牙自体を輸入して、さらに象牙細工までを輸入しているのは残念ながら日本だけである。

増えるアジアの象牙需要。象牙価格が4年で15倍に

2010年に行われた第15回ワシントン条約締約国会議で、タンザニアとザンビアが自国の象牙112トン(タンザニア90トン、ザンビア22トン)を日本と中国を対象に輸出する許可を求めた。しかし、その申し出は国際アフリカゾウ保護団体による断固とした抗議により、許可されることはなかった。
だが、11年には24.3トンの象牙が全世界で押収された。12年にはさらに多く34トンの象牙が押収され、この過去24年間で象牙密猟、最大の年となった。12年だけでも、アフリカ全土で3万8千頭のアフリカゾウが密猟者の手によって命を落としているといわれている。

そして、今年3月のバンコクで開かれる第16回ワシントン条約締約国会議では、再びタンザニアが「自国のゾウを個体群の附属書Iから附属書 Ⅱ へ移行し(「附属書 Ⅰ」は商業のための輸出入禁止。「附属書 Ⅱ」は輸出国の政府が発行する許可書が必要。)、101トンの象牙の1回限りの販売」を申し出ている。取引相手国は再び、中国と日本だ。

1月に入って、「タンザニアは象牙販売許可を申請しない」とニュースで伝えられた。しかし、タンザニアはセレンゲッティ国立公園の真ん中を通る高速道路の建設、セルー国立公園のウラニウム発掘、ナトロン湖のソーダ灰工場建設などの多くの世間の議論を引き起こし、近年多くの環境保護団体からバッシングを受けている。象牙販売許可の申請動向は、実際に3月のワシントン条約締約国会議になってみないとわからない。

恐ろしいのは、いっこうに減る傾向を見せないアジアの象牙需要。そして、とどまることを見せずに跳ね上がり続ける象牙の市場価格。違法象牙取引は今、紛争ダイヤモンドとまったく同じ悲劇を繰り返している。

08年にキロ157ドルだった象牙価格は、12年には15倍以上のキロ2357ドルまで跳ね上がった。今や象牙1本の値段は、アフリカ人の平均年間収入の20倍以上。麻薬取引と同じで、一攫千金を狙った人間がゾウ密猟の世界に引き込まれている。

高額で取引される象牙は、中国では「ホワイトゴールド」と呼ばれ、その販売ルートは麻薬シンジケートや暴力団によってコントロールされている。そして、ゾウの棲みかであるアフリカ諸国では、テロリスト・グループや反政府組織は象牙による外貨獲得と、それによる武器購入を広く行い始め、まさに象牙は紛争地帯の資金源と化してしまった。

http://bigissue-online.jp/2013/07/12/takita-san/

人殺しは悪。しかし牛を殺すのは悪とみなされない。

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特定の次元において、ひずみ、病、強い癖とみなされる特徴があるとします。何を基準にして、そのように判断するのかというと、この特定の次元の意義を決めている領域においての、秩序のロゴスからみて、それらは自分自身の秩序を乱してしまうと見なされる場合、それは病気、ひずみ、そして悪です。人殺しは悪。しかし牛を殺すことは悪と見なされないというように、特定の基準からみての相対的な価値判断です。ひずみや癖と、個性はどう区別されるものなのか。ひずみは悪であり、個性は善です。この場合に、後者は、より上位の影響力と動機が取れるということが大きな特徴です。それはむしろ源流との結びつきがより深くなるような特徴だといえるでしょう。一方でひずみや癖というものは、その源流との結びつきが弱くなっていき孤立して、活力の供給が失われていた状態だとみなされます。この地球というものは、宇宙の中の僻地であって、犯罪者の集まりであり、正当な人間は一人もいないとみなしてもいいのですが、ところがここで開発されたものが偶然の産物ではなく、打ち捨てられることなく、より上位の領域に持ち込むことが可能なものであったとしたら、それは上位の意識の新しい可能性を開くことになってきます。くだらないものを、くだらないものでないように、浸透することができればいいという話。浸透する意識は、より上位の振動密度を持っていればいいというわけです。そうすれば、それは妙は癖ではなく、むしろ同期のためのきっかけにさえなる。

http://tora.ne.jp/datastock.html

「日本の教育制度は子供たちの知識を広げるためにはデザインされていなかった。訓練することが重要なことであって、学びや知的成長は求められていなかった」

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SEETELL 日本の教育制度を変えるのは複雑すぎる パート1:プロイセン型教育制度

 

最近日本の教育制度についてよく語られる。 日本の企業経営者は教育制度からはグローバルな環境に適合するモチベーションや能力をもった従業員がいないと言う。 この苦情は非常に皮肉である。というのが教育制度の原点がそういうことだからだ。

日本の教育制度は古典的な意味で、日本の子供たちの知識を広げるためにはデザインされていなかった。その代わり、明治初期に成長を始めた産業では手際よくおとなしい従業員と、新しい社会制度のエリート予備軍としての権力の下で従順に働く人材が必要だった。  訓練することが重要なことであって、学びや知的成長は求められていなかった。

1868年の明治維新後、日本を強く近代的な国にするために西洋式学習方法と制度が取り入れられた。友好親善が目的であったが、海外の文明 は思想を調査するために政府首脳陣や留学生を含む岩倉使節団が海外へ送り出された。 お雇い外国人と呼ばれた外国人学者は新しく設立された大学や士官学校で教鞭をとるために招聘された。 主にプロイセン型の義務教育が紹介された。

プロイセン型教育制度をみてみよう。ナポレオンの素人軍隊が1806年のイエナの戦いでプロイセンのプロの軍勢を征した1年後、ドイツの哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテは有名な講演『ドイツ国民に告ぐ』を行った。この講演で、彼はプロイセンの大衆にプロセインがこの最も不名誉な敗北から立ち直るには、強制的な教育で命令に従うことを教えることが唯一の方法だと言った。

近代の義務教育は1819年にプロイセンで、人類の歴史で初めて教育が国全体に強制された。 ゴールはシンプルだった:軍隊の従順な兵士、従属的な探鉱夫、政府に従順に従う公務員、おとなしい会社員、そして大きな問題に対して同じ考えをもつ市民。 結果は言うまでもなくプロセインの支配階級のエリートたちに受けが良かった。そして産業は栄え、戦争には強くなった。

プロセインでは、国民学校が92%の子供を教育した。 その目的は、知性の向上ではなく、子供たちに社会での服従と従属を教えることだった。 たった8%の子供たちが数学、自然科学、外国語などを中心としたレアルシューレに進学した。大衆が知的発育をすると戦いに負ける原因を作るとされた。

そしてまだある。ドイツが統一国家として現れたとき、プロイセン型学校制度は拡大された。1917年にフランツ・ド・ホブレは以下のように書いている:

ドイツ教育の一番の基本は国家の方針に基づいていることである・・・・・。 ドイツ教育の基本的特徴: 国家への教育、国家のための教育、国家による教育。 国民学校は国家統一の概念の直接的な結果である。 国家は目に見えるものの最上位にある。

1910年にエルンスト・トレルチは明白なことを指摘した: 「学校組織は軍隊組織と並列であり、公立学校は民間の軍隊である。」 ドイツの哲学者 ヨハン・フィヒテ はドイツの学校制度構築の主たる貢献者だった。 学校は「人を作らねばならない、そしてその人が国家の望む通りの意思決定だけをするように作らねばならない」と言ったのはフィヒテ出会った。 重要なのは、アメリカの義務教育の提唱者たちはプロセインの制度を見てとても気に入りその方式を取り入れたことだ。元教師の ジョン・テイラー・ガットー が書いている通り:

少数の非常に情熱的なアメリカの思想家がプロセインを19世紀に訪問している。彼らは教育制度の秩序、服従、効率の良さに感動して、それからは休むことなくプロセイン型のやり方をアメリカに導入しようと啓蒙活動をした。プロセインの最終的なゴールは、ドイツ統一であった。一方アメリカ人のゴールは移民のカトリック信者の群れをひとつにまとめて北ヨーロッパ文化モデルに基づいたアメリカの国家的考え方の型にはめることだった。 それを達成するには、子供は親から引き離して望ましくない文化の影響を受けないようにすることだった。

ガットーはプロセインのモデルがいかに現在に至る教育制度の基準を定めたかを強調している。 「制度全体は教師によって与えられる直接の情報と抽象的情報の破砕こそが従順で従属的な卒業生、任意次数に適切な敬意を払うという前提の上に構築された」と彼は書いている。彼は、アメリカの教育者はプロセインから三つの大きなアイデアを輸入したと言う。

第一番目は、国家による学校教育は知的なトレーニングではなく「従順であること、従属的であること、集団生活に慣れること」に子供を調教することである。これによって、暗記は考えることより重要となった。

第二番目は、全体のアイデアを破砕して「科目」に分け、学校の一日は決まった時限数に分けられた。「絶え間ない中断を設けることで、学びの自己発心は無言のうちに消えていく」仕組みだ。

第三番目は、国家は子供の真の親であると仮定された。 ガットーは、「どの理論も子供の学習の仕方やどの学習が最も価値があるかは正確には言えない」と言っているが、これらすべてのことは教育への科学的アプローチとして行われた。

プロセイン型教育を理解するために、新しい取り組みを見てみよう:幼稚園。 1840年にフリードリッヒ・フレーベルは、子供の社会性を養うために最初の幼稚園をドイツに開設した。 「名前の通り、キンダー(子供の)ガーテン(庭)として、子供を植物のように育てると場所として幼稚園は考えられた」とスプリングは書いている。

明治の日本はというと、ペリーの黒船到来以来二つの大きな改革を遂げた。一つは開国であり、もう一つは明治維新だ。当時のリーダーにとってプロセイ ン型の教育は大衆を型にはめ、経済と軍事振興のために必要な訓練をするのに役立った。 短期的には目的を果たしたが、長期的にはこの方法の弱点も多い。

現状に至るまでの最も顕著な欠点は、太平洋戦争まで軍隊が教育を支配したことだった。それによって若者は戦争をすることと国土拡大計画を完全に教え 込まれたのだ。 そのせいで、多くの日本人の命が間違った戦争で失われた。 また、アメリカ式プロセイン型教育を敗戦したばかりの当時の日本に持ってきて 不当な影響を与えた。 当時本当の意味の教育改革をすることはもっと易しかったはずだ。

今日、硬直した官僚制度(これも残念ながら同じ教育制度で訓練されてきた)を支える教育制度は複合的な機能不全であり、グローバルな企業が必要とす る訓練は提供できていない。 結果として、どこにも適合できていない人が多くいる世代が出来上がってしまった。 特に18~34歳の人々にとって、教育制度で受けた訓練は、今の世の中 で彼ら全員を支えてくれなくなっている。

社会問題は教育制度の機能低下の証拠である。 自殺者数は上昇している。 出生率は低下している。労働人口の40%は職がないか、パート労働者である(多くの人は複数のパートの仕事を掛け持ちしている)。 家族の文化が衰退している。多くの家庭では夫婦共に働き、子供のケアを通して子供が日々接する権威は政府である(そういう意味では、プロセイン型教育制度 は成功を収めている)。

18~34歳の世代はモチベーションの低さを指摘されている。 事実は、従業員の仕事をする能力と従順さを訓練するのが目的の教育制度は、この世代に対して現在の経済社会的衰退の環境を生き抜くための準備はしてこな かった。 この世代の創造性、革新性、そして自信を育むことは教育制度の目的には含まれておらず、現在の社会制度もこの世代全員をサポート出来るわけでは ない。日本の新しいバイタリティーを作る鍵であるところの、これまでの訓練の殻を破って自分の道を切り開き世界に出ていく若者の数はそう多くはない。

我々は、日本の教育制度が抱える問題をシリーズで記事にしていく努力をする。なぜならば、日本の将来は多くの機関と制度の大幅な改革にかかってお り、教育も例外ではないからだ。 子供の教育が百年以上続いている同じ方法で続けられている限りは、国の改革は不可能である。 より自然な社会の進化が根付くには、追従はなくさねばならな い。個人と家族は国家より重要であるべきだ。そこでは革新と競争の原理が働き、変化があることが国家の普通の状態になり、子供は大きな機械の使い捨ての部 品ではなく現状維持を打開する機会を与えられているべきなのだ。

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