「コントロールしようとする意志と、分裂の痛みは同時に生まれる。コントロールの目的は、痛みを止めることにある」

投稿者: kibakoichi

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セルフコントロール、ではなく、コントロールの放棄、なんだと思う。自分の体が上げてくる要求=感覚や感情にそのまま従う。体とマインドの主従関係を可能な限り逆転させる。親からされたことを、子供にではなく、まず自分に対してするのをやめる(あるいは真逆のことをしてみる)。

自分にそれができるようになると、自動的に子供にもできてると思うし、自分で自分をコントロールしようと葛藤する気配=イライラした雰囲気が、子供を自分の情緒に巻き込み連鎖を作るきっかけとなるので、そのパターンの始まりも防げると思う。

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「人間は1つの領域で無理をすると、他の領域で自制心を発揮するためのリソースが減ってしまう」「自制的な行動をとることは、自我を消耗させるだけでなく、自我を不機嫌にする」「自制という行為そのものが、本質的に人を不機嫌にするのではないか」

人はなぜ不機嫌になるのか:自制心と怒りの研究

人が不機嫌になるのは「コントロールする側と、される側の、2つに自分が分裂したことに気づいてしまった」からだと思う。物理的には1つしかない自分が、心理的に2つ(あるいはそれ以上に)引き裂かれ、リソース不足やエネルギー不足に陥ってしまったと錯覚し、傷つき、恐れ、怒ってしまう。

よく「自分の機嫌を取ることが大切」と言うけれど、「不機嫌を解消する」「上機嫌でいる」とは、「心理的な分裂を解消する」「自分を裂かない」ことだと思う。するとやっぱり「コントロールしようとする意志」というか、自分を自動的に切り分ける心のモードが問題になってくる。

コントロールしようとする意志と、分裂の痛みは、同時に生まれる。なので、コントロールの目的は、痛みを止めることにある。

痛みをなくすことができれば、自分や相手や環境をコントロールする必要はなくなる。でも痛みそのものを麻痺させてしまったら、自分という意識や感覚も消える。なので「自分が裂けてエネルギーを失う」という脳神経が作り出す錯覚を、「それはお前の錯覚だよ」と脳神経にインプットして上書きしてやる。

「子供の前でいつも上機嫌でいるのが理想的な親」という話があるけど、いつも上機嫌な親は子供の脳に「自分と親が分かれていても、痛みはないしリソースも減らない」という回路を刻むんじゃないかと思う。それと同じことを自分にしてやる。具体的には体にサレンダーする。

俺達は普段、意識は肉体(=無意識)を好きなようにコントロールしているという錯覚を持って生きている。でも現実には肉体が意識を支えてる。貧血を起こして脳に血液が回らなくなるだけで、俺達は失神して意識を失う。人間を構成しているものは圧倒的に肉体であり、人間の意識はその働きから滲み出して凝結されたエキスで、体の一番上に貼りついている。エキスなので肉体よりも次元は高いが、貼りついている存在なので、肉体なしには維持も存在もできない。

それで不機嫌さの話に戻るけれど、不機嫌さ=心理的な分裂は脳神経が作り出してるもので、体から脳へのオーダーじゃない。よく「体が嫌がってる」と言うけれど、体だけなら大抵のことは受け入れ経過させてしまう。体が嫌がるのは、脳神経から降ろされる理不尽なオーダーだ。脳が脳のためだけに出す命令に体はコントロールされたくない。

つまり不機嫌さ=心理的な分裂は、脳が脳の都合で作り出した錯覚であって、実際に起きていることは、「脳神経が脳神経を守るために、痛みを作り出す信号を肉体に与えて、脅してる」だ。このパターンは「親が親自身の都合のために、教育と称して子を脅す」と似ている。子供を見下す親のように、脳は体を見下している。

「親が親自身の都合のために、教育と称して子を脅す」を無くすには、親が都合を捨ててしまうか、都合を子供の下に置く。そうすれば子供への見下しもなくなる。同じ理屈で、脳の都合を肉体の下に置くことで、脳の肉体に対する見下しはなくなり、不機嫌さ=心理的な分裂も消える。

これをするには「『脳=意識』が肉体にサレンダーする」くらいの強い姿勢が必要だ。それでようやくマインドと肉体が対等になるかどうかだと思う。それほど俺達は強烈かつ無自覚に、肉体を見下し、依存している。教育者かつ管理者のつもりで、実は圧倒的に子供の存在に支えられてる親のように。

(サレンダー=明け渡す。その結果、相手や物や環境と自分の中味が入れ替わる)

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