下の次元に通路を持つ高次な力というのは、ローカルな性質のど真ん中に降りてくる。

グルジェフ水素表

 二項対立的に分化したところでは、肉体を重要視すると、魂のことは軽視される。また魂を重視する人は肉体を軽視する。中間をつなぐ網が存在すれば、この二つに対立が存在しなくなり、どちらを重視するという意味ではなくなってくる。
 それぞれの物質が、互いの秩序関係と相対的な位置関係を明確に保つことができたら、上から下まで物質は同期を取る。つまりそれぞれの中心に、次の次元が軸として貫通し、この連鎖で、全体がスムーズな回廊になるので、食べたものは天界12に上がり、また反対に女神12は物質界に降りてくる。

 これは物質界から見ると、上位の次元への上昇の道が開かれているとみなされる。どんな低い物質にも、1なるものが宿っていると考えられるようになる。それができないとしたら、特定の物質が、その世界観に閉鎖されていて、真ん中が詰まっていると考えられる。

 そのレベルの水素が持つ、こだわり、感情、考え方にしがみついて離さないのならば、上位の次元の水素は関与できない。もちろんこういう特有の詰まりだけでなく、上位の水素をその人が所有しているかいないか、少なすぎて、想像の三つ組に供与できない場合には、そこは封鎖回路になる。48が24になるためには、12が微量であれ、不可欠だ。

 24はこの社会の中ではエリートで、それは凡庸な48の中で頭ひとつ抜きん出ている。自分の中で24を発見したい人は特技を見つけ出すとよい。48は相対的に他の48に振り回され続けるので、自分の上昇の道を見つけ出せないでいる。他の人の意見というのは、たいてい本人の個性や立場、固有の性質を考慮に入れない一般論である。あるいは主張している人の自分の立場からの発言である。

 本当の意味での自己24を発見するのは、実は一般論の中にあるのではなく、その人の個性的な方向性を発掘することにある。個性は偏っているように見える。他人から見ると違う個性だからだ。しかしこの個性の中心に、普遍的なもの、24や12への登り道がある。つまり一般論的なものの中に普遍的な力は存在せず、その人の個性的なものの中心に、普遍的なものがあると言われると困惑するかもしれない。これこそ、より上の次元の力が下に降りてくることなのである。それぞれの中心には、上位への架け橋の穴があるので、自分の中心に行かなくてはならないのだ。

 それがわからない人は、誰にも共通する普遍的なものが、自己発見の道と勘違いするかもしれない。教育はしばしばそのような型にはまった教え方をする。教育は時には自己発見を妨害する。下の次元に通路を持つ高次な力というのは、ローカルな性質のど真ん中に降りてくる。他の人からヘンだと言われても、意に介さず、その人の中心に向かうことが、階段を発見することにつながる。他の人の意見に振り回されることをやめれば、24への道が見つかる。

 96は不可視なのだが、24は土地や状況に不可視の雰囲気、精霊的な要素を意識的に見出す。つまり形がないものを、あたかも形があるように認識する。48は、実際のモノがないことには認識できないので、何のことを言われているのか、さっぱりわからない。わからないくせに、96に張りつかれて、そこに吸い込まれていく傾向がある。

 24を獲得するというよりも、そこを軸にする必要がある。大量に浴びるほどたくさん持つと、ある日それが重心になる。思考においても感情においても、身体においてもそれを大量に生産する必要がある。食物から採り、空気から採り、印象活動から採る。

 この理性の周囲の固着物とは、48の領域(脳)のこだわりであり、そこから展開した世界の見方にしがみつくことだ。その根底には、おそらく恐れというものが隠れている。恐れに支配された人は、強硬で、頑固だ。固い人は常に恐れている。

 通路ができて24に連結されている96と、迷路で切り離された結果、孤立した96とではまったくのところ意味が違う。例えば96は感情としては狭量で排他的で、自分だけが不幸を背負っていると感じる。しかし12に連結されていると、一時的に不幸と憤りを感じるが、それが開けてくるという変化を体験する。結果的に96の感情は短時間で終わってしまう。食料として食べた直後に消化活動が始まって、96はそこに跡形も残っておらず、新しい12物質がそこでつくられる。96は閉塞感。48は冷静に考える。24では可能性を見つけ出す。

 24が96に君臨するとは、特定の否定的な条件を見ては、次々とそれを直視して、その中に開放の道筋を作り出すことを意味する。無理難題を抱えた状況を即座に、新しいきっかけや展開に利用してしまう。事故が起きても、事故が起きてかえって良かったという結果にしてしまう。否定的なものの中に肯定的で善なるもの、超越的なものを見出すという意味でもある。可能性のないものに新しい打開策や新しい使い道を見つけ出す。

 思考の12とは詩人の言葉か、預言者の言葉のようなものでもあると言ったが、それはわたしたち三次元世界の48の論理性がない。論理性がないのではなく、48での論理では矛盾に見えるようなものを内包するから、48の単調な知性から見ると、理屈に合わないものがたくさんある。48がそれ自身の論理性にこだわると、この12を受け取ることができなくなる。

 激しい性行為は、感情を変質させない。むしろ、男性意識、女性意識というものを再び強めてしまう。男性ならばいわゆる征服欲を満たして、強い男を自覚していくというような性行為をしてしまうと、よけい二極化に投げ出される。谷間のオーガズムというのは、男であったり女であったりすることを通り抜けて、中和的存在になることを意味する。男あるいは女の特性を強めるのは脱線なのだ。

 低いものが高いものを支配する、すなわち思考センター48が、性センター12を支配するという本末転倒が生じると、屈折したことに命をささげるという事態が発生する。軽自動車にジェットエンジンを搭載したようなもので、あっという間にコントロールを失う。

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