分裂する、一番の分け目というのは、その人が死の恐怖を抱いているか、それとも抱いていないかという問題だと思います。

投稿者: kibakoichi

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分裂する、一番の分け目というのは、その人が死の恐怖を抱いているか、それとも抱いていないかという問題だと思います。実はこれはわりに危険な分裂。どちらに属しているか、あきらかにしてはならないような話題。というのも、死の恐怖を抱いている人は、かならず暴力というものから離れられないし、死の恐怖を抱いていない人を見つけ出すと、自分と同じにしないことには収まらないからです。たとえば、感情、意識、魂などは、みな脳が作り出す随伴機能だという、例のいつもわたしが持ち出す脳科学の話題。ペンフィールドは、晩年の結論としては、そのように考えなかった。でも、脳の随伴機能だという人は、人は死ぬと、その後、何も残らないと言うと思います。で、そういう人は、人は死後も生き残るということを信じている人がいるとしたら、全身全霊でそれを否定しにかかると思います。「自分は死んだ時に、すべて失われて消える。あなたはそうではないと考えるのは絶対に許さない。あなたも生き残ってはいけない」そういう強制に近いです。で、この思想は、結果的に、死の恐怖をピークにまで高めてしまう考え方だと思っている。たぶんそういう考え方が広がることと、自殺者が増加したことは連動していると思う。死の恐怖を抱くと、時間に迫られて、急がなくてはならないし、最終的にはすべてつながっているという考えに行き着くことはないので、あらゆるものが孤立していて、だから何をするにしても、すさんでいる。危険な動物のように、ちょっとつつくと噛みつかれます。構造の投影があらゆることに起こるので、死後はいないということと、個体の外に自分はいないというのは同じで、つまり自分は人に共感することも、また理解することもないということに行き着くです。なので、最後はあらゆるものが敵になる。分裂があるとしたら、こういうところからでは?

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