木葉功一のブログ

~テキスト倉庫と日記~

月: 2月, 2013

サディズムは人間存在が体験してきた飢えと寒さに対する「リバウンド」なのか

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80万年より前、アフリカやヨーロッパで人は人を食べていた。4000年前まで中央アジアのタリム盆地に人間の痕跡はなく、最初に到達したのは白人種だっ た。黄河文明は遊牧の白人種が作ったものであり、長江文明は稲作を営む有色人種のものだった。長江文明は食人習慣の記憶を持っていたのかどうか。

①ホモ・サピエンス・サピエンスという存在の怪しさ ②ネアンデルタールシスとサピエンス・サピエンスという分類の怪しさ ③サピエンスがアフリカで好ん で直線を描いていた、という異物感 ④ヴュルム氷期〜現在の温暖期にかけて、ヨーロッパからユーラシアに向かって、何が「溢れ出した」のか。

コーカソイドとかモンゴロイドとかの「括り」に拘っていたら見損なうかも。コーカソイドという存在に乗っかって、今の温暖期の始まりと共に、ヨーロッパか ら広がり、ユーラシア全体やアメリカ、オーストラリアに浸透した怜悧で野蛮な「価値観」があって、それが世界を喰い散らかしてる。

人間を動物と見ている、ということは、自分自身の肉体存在ですら「動物だ」と思って落としているわけで、その人はつまり、肉体にいないか、肉体存在である ことを忘れている。何とも名づけられないこの「視座」というか「価値観」が、数千年かけて世界を蝕んできており、それがある種のピークに来ている。

「人間にしない酷いことを動物にしていいのか」はスピンすれすれのギミックで、「自分にはしない酷いことを他者にしていいのか」が本当だ。自分以外のすべ てのものを ディスカウントすることを良しとする「強烈な自閉感覚」が暴力とサディズムの正体であって、それがどこから来たのかを考えている。

暴力、というより、サディズムなんだよね。他者の悲惨や肉体的苦痛を、明らかに愉しみ求めている、「層」というか「存在」というか「視座」というか「魂」があって、それが金融システムの奥のほうに陣取っている気がしてならない。

それってヨーロッパのコーカソイドがユーラシアに広めた感覚であるのは間違いないと思うのですが、ラスコーやアルタミラの壁画を見ると、動物の霊性や魂の存在をしっかりグリップしてるんですよね。そういう人達がサディストになりえるのか… 強い違和感を感じています。

80万年前の食人習慣を維持してきた人達が、長いあいだ氷河で隔絶されていて、2500年前から始まった温暖化とともに溢れだしてきた、という話ならラインは繋がる。でも現実はぜんぜん違うらしい。

俺もずっとそう思っていたんですが、壁画を描いていたのが4万〜3万年前。氷河は迫り、砂漠は広がり、強烈な火山活動があって、ものすごいキツい時期です。その極限状態で動物の霊性を見ていた人達の子孫が、暖かくなってサディズムを広げたと考えるには、どうしても繋がらない部分があります。

ネアンデルタール人は火山噴火で絶滅? http://t.co/naLHhgrk 「ネアンデルタール人は氷河期を何度も生き延びた頑健な種であり、火山などの自然災害にも慣れていた可能性もある。だが約4万年前の噴火はその種の災害とは規模が違っていたという」

まったく同じこと考えてました☆ その罪悪感から逃れ、自閉するために作りだしたのが一神教かもしれない、とか。でもこの考え方こそ、アニミズム多神教=豊かな自然環境の中で育った人間の発想かもしらん、と最近とみに思っています。

穴がある。足りないピースがまだまだたくさん。

「数十万年間にわたって地球を観察し続けている異星の人類学者なら『サピエンスの遺伝子プールに吸収されることで、ネアンデルタールはサピエンスをネアンデルタール化してしまったのだ』みたいな記述をするんじゃなかろうか」http://t.co/qUmvr02e

「武力に勝る北方黄河文明の支配者は、人口においては優勢な長江文明の人々と戦い勝利した。人口に勝るモンゴロイドは政治的軍事的文化的には敗者で あったが、遺伝子的には黄河文明の人々をしのいで現代漢民族は『黄色』になった」http://t.co/AFZTMJvj

フラクタルな法則性があるんだよな。そしてこの時(黄河文明が築かれた時期)のコーカソイドは、すでにサディズムを携えていたはず。

食べ物がまったくない → 動物のイメージを掴むことで動物の肉を掴みたい(ラスコーやアルタミラ) → 魂の存在、霊性の存在を知る、で、もしもあるのなら。温暖期が来て、気候が変わり、氷河が解け、乾燥地を緑が覆い、移動が可能になったとき、万年単位の記 憶の蓄積は、人間の心に何をするか。

食べ物を意味なく潰し、ダメにして遊ぶ、それが楽しい、という加虐的な意識は、人間の中に確かにある。それは復讐心に似ている気がする。

サディズムって、人間存在が体験してきた、飢えと寒さに対する「リバウンド」なのか。

ヴュルム氷河期に最も氷河に近く、最も飢えと寒さに苛まれ、生き延びてきた、ヨーロッパの人達(ネアンデルタールシス)から、サディズムが発祥する理由が、種のリバウンドであるなら腑に落ちる。

食べるのではなく殺しているとき、命の糧を粗末にするとき、それを自由にできるとき、頭の芯が白熱するような逆転の快楽と喜びを感じ、生きているリアルを感じるのか。もしかするとそれは彼らにとって「当然の権利」ですらあるかもしれない。

「ネアンデルタールにとって『寒さ』は、脳が発達してしまうくらい大きなストレスだった」「脳は寒さを感じるための器官であり、寒さを処理することはできない。できるのは、そこからカタルシスをくみ上げてゆくことだけです」http://t.co/c2uDr0Q7 ネアンデルタールと寒さの関係。

@kibakoichi66

シャニダールの花

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人類の進化 http://t.co/jVd0gm6o

スペインの食人習慣を持つヨーロッパ最古の人類・ホモ・アンテセッサーは80万年前 http://t.co/lJW15d16 ホモ・サピエンスは40万〜25万年前に現れた http://t.co/jVd0gm6o クロマニヨン人は4万年前。http://t.co/RGZXKkCV

種が違う、ってことはないよね。ホモ・シリーズの中で。今の今の話だけど。

「小型で“人食い”の習慣があるホモ・ガウテンゲンシスという新種の人類が確認された」http://t.co/2eMYnQRs 「南アフリカ共和国、ハウテン州のスタークフォンテン洞窟で発見された200万~80万年前の骨の化石 … 」アフリカでもヨーロッパと同時期に、喰っていた。

今のところ最古のラミダス猿人 http://t.co/Tbg7qTPy … 「新しい環境に進出したから進化した、ということはない。旧種が新しい環境に進出すれば、絶滅するだけだ。正しくは、旧種が新種に進化したから、新しい環境に進出できたのである」直立したから草原へ出た、という話。

第四紀氷期(300万年前〜現在。今は氷期★)http://t.co/Mkkk8V2d … の最中から南アフリカに人喰い習慣のある人類はいた(200万年前)。スペインの人喰い人類は80万年前。氷期(寒冷期)と間氷期(温暖期)を8回づつ繰り返す中で、ホモ・シリーズがいくつも滅びた。

「7万〜7万5千年前にスマトラ島トバ火山が大噴火、気候の寒冷化を引き起こした。大量の火山灰が日光を遮断、地球の平均気温は5℃低下。劇的な寒冷化は6000年間続いた。その後も断続的に寒冷化、地球はヴュルム氷期へ突入する」http://t.co/7gHtwgPV すべてはここから。

①トバ事変(トバ火山の大噴火による劇的な寒冷化)の後まで生き残ったホモ属はネアンデルタール人と現世人類のみ ②現世人類が総人口が激減 ③現世人類は極めて少ない人口(1000-1万組ほどの夫婦)から進化した ④ヒトが衣服を着るようになった http://t.co/7gHtwgPV

わたしたちの祖先はネアンデルタール人?気候変動の痕跡が示す可能性 http://t.co/g5af6KP0 「現生人類が洞窟画を描き始めた時代の西ヨーロッパ地域は、長期間厳しい気候が続いており、動物の種類や数が急激に減少した結果、ネアンデルタール人自身が進化した可能性が高い」

これが一番ピタッとくる話。http://t.co/g5af6KP0 ラスコーやアルタミラの壁画は18000〜14000年前のもの。ヴュルム氷期(最終氷期)晩期の最も寒冷化した時代。http://t.co/Mkkk8V2d

進化し、抽象能力を手に入れた新人は、何を「食べて」生き延びたのか、寒冷化の極みで食材となった動物は「どこ」にいた「何」なのか。

最後の大移動の幕開け http://bbs.jinruisi.net/blog/2011/02/000954.html

「人類にとっては、気候変動は最大の外圧であった。それゆえに、人類は地球上に拡散適応していった」地図必見。ヨーロッパと西アジア、極東と東南アジアの違い。最終氷期に白人種がどんな環境にいたか。

「ネアンデルタール人のゲノムが解読された2010年、あらゆる地域の染色体6万個と ネアンデルタール人のハプロタイプを比較したところ、サハラ以南アフリカの地域以外の世界中の人々の遺伝子にネアンデルタール人のDNA配列が存在することが分かった」http://t.co/oGL5iGpN  定説は一昨年、覆ってた。

ものすごく太くて鮮やかな虹が、真っ青な空にクッキリ出ている夢を見た。虹が綺麗で空が青くて、テンションハイになって車をとめて、道端に映えているキノコ(つくしみたいなヤツ)を、ドライバーの人と一緒に食べちゃってた。で、よけーハイに。面白い夢☆

極限の行き止まりと進化はパック、かもしれない。前回のそれは氷河とステップ・ツンドラに囲まれた西ヨーロッパで起こった、かもしれない。いますごく雑に 拾っているけど、寒冷期と温暖期のループ、太陽の状態、氷河の進出後退、人間の移動を丁寧に並べていくと、鮮やかに見えてくるものがあるかも。

2万年程前のこの図がすごい気になる。そしてタリム盆地には4000年前まで人間がいなかった、ということ、最初に到達したのが東アジア人ではなく、西からの白人種である(1000年早い)、ということも。https://t.co/UTiHmdt3 http://t.co/9iqyCrS0

気候歴史学ノート③-人類と「氷期」の闘い http://t.co/dwQB0MMQ 「最終氷期(ヴュルム氷期)・このころ南欧のクロマニョン人は、平均寿命がきわめて短く、また凍傷で多くの指を失っていた。とくに女性は短命で出産の負担のためらしい。いわば第三次ボトル・ネックです」

「約2万5千年前の100年輪中の高精度放射性炭素濃度測定より、約3.4%のステップ的変動が見つけられた。この濃度変動は現在に比べ急激な宇宙線強度と低エネルギー部スペクトルの変動を示唆している」http://t.co/bIOZAYj5

ネアンデルタール人が描いた?アルタミラ洞窟壁画 http://t.co/wMYt3QUr 「描かれた時代は今から約4万年より前だったことがわかった。従来考えられていたより1万年以上古く、ネアンデルタール人が描いた可能性も」思っていたこと。この方が違和感がない。

「それは、2万年前の氷河期のヨーロッパに、クロマニヨンの文化として突然現れた、といわれている。アフリカのホモ・サピエンスがヨーロッパに移住してその文化を花開かせたといわれても、同時代のアフリカにはそんな遺跡がない」http://t.co/KSKOFeJ1

何でここ数日集中してこんなことばかりしているかというと、訳が知りたいからである。人間が人間をエネルギーとして消費し、共食い行為をフラクタルに行うようになってしまった根本の理由を、掘り出して確かめたいからである。でないと、どこへ逃げ、どう暮らそうと、いつか必ず「ある局面に」に立たされてしまうことになり、新天地も、納得のいく人生も、得ることができなくなるからだ。

「彼らは直線を描くのが好きだった。それは、不自然で人工的でモダンな線である。西アジアやヨーロッパにも何かを描いたらしいという同じころの痕跡は残っているが、鋭い直線はアフリカにしかない」http://t.co/KSKOFeJ1 クロマニヨン人のこの抽象性の高さが、すごい気になる。直線は自然界に存在しない。特徴は「はじまり」と「おわり」があること。ネアンデルタール人は曲線や円を描いている。魂や世界の循環性、世界のレイヤー性 を知っていたように思う。対してクロマニヨン人は「死んだら終わり」と感じていたように思う。自分の「はじまり」と「おわり」を思っていた。直線を描きながら、未来にたって過去をみていた。つまり視座が「今」になかった。

「ネアンデルタール人は、本当に滅んだのか」http://t.co/Xfoai94d

四国に移住した一昨年の年末、進行の月がちょうど8ハウスに入って、来年の4月まで滞在。その意味がほぼ了解できた。動かそう。虹の夢は兆し。

現世人類の評価がとても怪しい。クロマニヨン人以外のホモ・サピエンス・サピエンスって、他に存在してるのか。。。何だか差別の本質に触る話をいじくってるような気がしてきた。

シャニダールの花。http://t.co/GSl311DH

 

@kibakoichi66

今の文明の痕跡を辿れる限界が(一応)1万5千年前。食人習慣は80万年前。食人習慣の先っちょに文明期がくっついている

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初期人類の大部分は日常的に人肉を食べていた!?(スペイン研究)http://t.co/i1TTliB6 「洞穴で暮らすヨーロッパの初期人類は、人肉を日常的に食べていた可能性が高いことが、スペインで発掘された骨の化石から明らかになった。これは食人風習の最も古い例」

人類はある時期、かなりの長期間、同族を習慣的に食べていたのではないか、という説があって、そのことにとても納得している。資本主義は共食いの論理だ。http://t.co/ykgwcpw4 http://t.co/i1TTliB6

「共食い」は構造の問題だ。喰われている方にしか、そうされている認識がない。俺たちは工場で大量屠殺される動物たちを食材としか考えていない。同様に人間の支配層も、俺たちを食材としか考えていない。

共食いの日常化が、人間存在の奥で眠っていた「昆虫的知性」のスイッチを入れてしまったように思えてならない。そこにファクトリー・ファーミングの原型があるんじゃないかと、どうしても勘ぐってしまう。同時に、過酷な自然環境に対する強烈な復讐心の根も。

上から来る精神のはたらきに干渉して教育やメディアで洗脳し、下からくる食べ物の影響に干渉してケミカルを混ぜ共食いを強要することで、パイロット波の存 在しない、ヴィジョンを持てない、いきあたりばったりに反射反応する機械のような生物として、人間や動植物を管理していこう、という方向性。

周に始まる古代漢民族のルーツは西にある、という説に信憑性を感じます。呪術的な信仰を孕んだものでなく、単に食材(そして同時に娯楽)としてのカニバリズムのアジアにおける拡散は、そこに端を発するのではないかと。http://t.co/AFZTMJvj

「2500年前から2000年前の500年間に臨シ集団(中国山東省、黄河下流にある春秋戦国時代の斉の都)に大きな遺伝的変化が生じたことから、過去に人類集団の大規模な移動があったことを示唆している」http://t.co/AFZTMJvj 地球が温暖化して氷河が溶けた時期と合致する。

ボレアル期(氷)、アトランティック期(暖)、サブボレアル期(氷)、サブアトランティック期(暖)← イマココ。2500年周期で2500年ほど経過した。寒冷化にシフトイン。http://t.co/Mkkk8V2d ちなみに白人種集団のユーラシアへの大移動があったのが2500年程前。

赤いのが山東省(春秋戦国時代に斉の国があった地域)http://t.co/caix3vON 2500年前に現代ヨーロッパ人類集団と遺伝的に近縁な人類集団はここまで来ていた。http://t.co/AFZTMJvj

今の文明の痕跡を辿れる限界が(一応)1万5千年前。食人習慣は80万年前。。。食人習慣の先っちょに文明期がくっついている。。。ちょっとコレ、同じレイヤー上で扱える話ではないかもしらん★

「中国当局は、遺伝子検査の結果を受け入れて、タリム盆地で発見された、4000年前の貴婦人のミイラと3000年前のミイラをコーカソイド(白人)と認めた。この地域やってきた人類はこの白人が最初で、東アジア人より1000年も前」http://t.co/AFZTMJvj

タリム盆地。4000年前まで、この地域に人類は、いなかった。。。 http://t.co/n6LZJZ1n

「長江流域にモンゴロイドが稲作を基礎とする文明を築いていた。一方、西から移動してきた麦作と牧畜を基礎とした文化を携えたコーカソイドが黄河流域に定 住した。武力に勝る北方黄河文明の支配者は、人口においては優勢な長江文明の人々と戦い勝利した」「人口に勝るモンゴロイドは政治的軍事的文化的には敗者であったが、遺伝子的には黄河文明の人々をしのいで現代漢民族は『黄色』になった」 http://t.co/AFZTMJvj

人類特有の共食い嗜好と、自然環境に対する復讐心は、直結してないかもしらん。そしたらそれは怖い話だ。

ホモ・アンテセッサー(ヨーロッパ最古の人類・80万年前)← ここで習慣的食人食。動植物など他の「食材」は豊富だった。 http://t.co/i1TTliB6 この人達は今の白人種につながっているの?と思って調べて見ると … 人類史は仮説の嵐だね〜。出アフリカすら仮説だった。

 

@kibakoichi66

分裂する、一番の分け目というのは、その人が死の恐怖を抱いているか、それとも抱いていないかという問題だと思います。

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分裂する、一番の分け目というのは、その人が死の恐怖を抱いているか、それとも抱いていないかという問題だと思います。実はこれはわりに危険な分裂。どちらに属しているか、あきらかにしてはならないような話題。というのも、死の恐怖を抱いている人は、かならず暴力というものから離れられないし、死の恐怖を抱いていない人を見つけ出すと、自分と同じにしないことには収まらないからです。たとえば、感情、意識、魂などは、みな脳が作り出す随伴機能だという、例のいつもわたしが持ち出す脳科学の話題。ペンフィールドは、晩年の結論としては、そのように考えなかった。でも、脳の随伴機能だという人は、人は死ぬと、その後、何も残らないと言うと思います。で、そういう人は、人は死後も生き残るということを信じている人がいるとしたら、全身全霊でそれを否定しにかかると思います。「自分は死んだ時に、すべて失われて消える。あなたはそうではないと考えるのは絶対に許さない。あなたも生き残ってはいけない」そういう強制に近いです。で、この思想は、結果的に、死の恐怖をピークにまで高めてしまう考え方だと思っている。たぶんそういう考え方が広がることと、自殺者が増加したことは連動していると思う。死の恐怖を抱くと、時間に迫られて、急がなくてはならないし、最終的にはすべてつながっているという考えに行き着くことはないので、あらゆるものが孤立していて、だから何をするにしても、すさんでいる。危険な動物のように、ちょっとつつくと噛みつかれます。構造の投影があらゆることに起こるので、死後はいないということと、個体の外に自分はいないというのは同じで、つまり自分は人に共感することも、また理解することもないということに行き着くです。なので、最後はあらゆるものが敵になる。分裂があるとしたら、こういうところからでは?

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