命のエキスは吸い上げられているのではなく、流れ落ちている。

投稿者: kibakoichi

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「共生の感覚」には視点の移動がある。猫を見ている自分、が、猫になって自分の見る。人間が他の人間や動物や植物を見て「嬉しそう」「楽しそう」「寂しそう」「悲しそう」「かわいそう」と思うとき、このようなことが瞬時に起こっている。生物がデフォルトで持っている機能というか性質と思う。

ヒトが他の生き物に比べて突出した能力を持っているとは思わない。突出しているのは視野の狭さ自閉の鋭さだと思う。この「自閉」と「視野狭窄」の落差は、ヒト同士の間にも存在する。より自閉し、視野が鋭く狭い方が、そうでない方を圧倒していく。

ルーツを意識して辿るのは、どれだけ多くの先祖の人々が血を繋いだ結果として今の自分が存在するのか、その広がりを押さえるため、時間感覚のモノサシをできるだけ長く伸ばすため。伸びたらそれを反対側に倒して未来のイメージを計るため、断片化して散らばった自分自身を拾い集めて繋げるためだ。

一神教のこと。過酷な地球環境への復讐心が根底にあると感じる。極端な崇拝の感情は裏返った攻撃心だ。

優しかったかーちゃんにDVされた。かーちゃんは鬼だった。従っていたら殺される。とーちゃんの言うことを聞こう。とーちゃんみたいになって、とーちゃんのように、怖いかーちゃんを支配しよう。自分自身のからだを含めて、かーちゃんに似たモノを支配しよう。ソシタラコロサレナクテスム。

凶暴なかーちゃんも、凶暴なとーちゃんも、かーちゃんを怖れてとーちゃん化しようとしている凶暴なにーちゃんたちも全部怖い。カゾクデコロシアウノハイヤダヨ。負けて逃げて極東の島国に落ち延びてきた子供たちが、時間をかけて混ざり合い日本人になったのならば、俺達がこうで、このようにされているのは、とても腑に落ちる話と思う。

無数の細胞が集まって人間の体ができている。細胞のひとつひとつに、人間という巨大な生き物を構成している自覚はない。そのような人の個体が一億三千万人集まって「日本人」というもう一段大きい人間の体を構成している。ひとりひとりにその自覚はない。

俺達の左脳=マインドは、自分の肉体を抽象化している。体を無視し、忘れている。「日本人」という一段大きな肉体で考えた時、その人の左脳=マインド=閨閥企業(政府ではない)が、肉体を無視し、忘れているのは、当たり前のことだと思う。しかし現実は、肉体が感じ、記憶し、反応している膨大な情報の集積よって、左脳=マインドの存在が支えられているのであって、肉体が滅びれば左脳も滅びる。その本質に気づく機能は左脳自体にはついていない。自分が何の一部であるのか、左脳は死ぬまで認知できない。一段大きい「日本人」という体においても、それは同じことなんだろう。

永井豪「バイオレンスジャック」2巻だったか「地獄地震」で無放地帯と化した関東を暴力で制覇している男が「人間犬」を飼っていた。逆らった若いカップルの四肢を切断、舌を抜き、裸のままで、鎖に繋いで連れ歩いていた。人間性を破壊された彼ら二人の姿を見て、主人公の少年は傷つき、泣いた。バイオレンスジャックは、その少年が傷ついて泣きながら語る言葉を「もういい、わかった」と制して止めた(受け止めた)。凄まじい暴力を身の内に孕んだ謎の巨人・ジャックのことを、少年はその一言で信じようと思った。この作品を読んだ当時、俺は10才くらいだった。作品に傷つけられると同時に、癒されて救われ、力をもらった。

病的な欲望も、理不尽な暴力も、生まれつきサディスティックな魂も、この世には確実に存在している。そういうものから目を逸らさず、ギリギリの線で描いて見せつつ、救っていくのが表現と思う(自戒を込めて)。

人間性と言動の正しさは一致しない。ポイントは善悪でなくエネルギーの流れにある。「ある場所や人」を見つけ、「ない場所や人」を見つけ、配列して流れの「通り道」を作り、エネルギーを横抜きしてプールする。手段と目的が倒錯しているところに牧場のシステムと搾取がある。

IQの高いサイコパスにお金や権力が集まるのは、哺乳動物が抱く血の愛情=自己愛=位置エネルギーが極端に低いからだ。

善悪のモノサシに囚われている限り「何で???」の旅は果てしなく続く。エネルギーの流れとして捉え直すと腑に落ちる。命のエキスは吸い上げられているのではなく、流れ落ちている。

@kibakoichi66

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