木葉功一のブログ

~テキスト倉庫と日記~

月: 11月, 2012

彼を、助けなきゃ。

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「・・た・・すけ・・・て」

ノイズ混じりのかすれた声が、耳元で蘇る。
森田刑事は部屋に入らず、外で待っているように言った。
美鶴君が心配でたまらない。走っていってあのドアを開けたい!
でも、もし一人で飛び込んで、それで彼を助けられなかったら?
あの部屋に人が何人いるのか、あたしは知らないし、分からない。
落ち着け。落ち着け。焦っちゃダメだ。警察が来るのを待たないと。
美鶴君にとっても、あたしにとっても、きっとそれが一番安全。
キュッ、と足を鳴らして、あたしは405号室に背を向ける。
それからエレベーターの前に立ち、『▽』のボタンに手を伸ばす。

   今、行かないといけない。

声が聞こえる。あたしはそれをはっきりと聞く。
背筋を悪寒が走り抜け、腕と首筋に鳥肌が立つ。
あたりを見回す。誰もいない。

   刑事が踏み込めば美鶴和也はそこで死ぬ。
   あの女に殺される。
   今行かなければもう二度とあの男には会えなくなる。

まただ。聞こえた。はっきりと。
間違いない。声はあたしの中からしている。
これは、あたしが、あたし自身に語りかけてる声なんだ。
あたしの直感が囁く声。ギリギリの瞬間に届けられる、本能からのメッセージ。
理由はない。ないけれど。
今行かなければ、美鶴君とは会えなくなる。それがわかる。
エレベーターのボタンに伸ばした手を、あたしはそっと引っ込める。それから、振り返ってもう一度405号室のドアを見つめる。
作業用カッターを、スカートのポケットから抜き出して握る。それはひんやりと冷たくて重い。
美鶴君は109の屋上で、あたしの命を救ってくれた。彼の声を聞いただけで、死のうって気持ちが消し飛んだ。
クシャクシャに縮みきってた心が、パンって元に戻った気がした。

彼を、助けなきゃ。

ガチガチガチ、とカッターの刃を押し出しながら、廊下の突き当たりに向かって、あたしは歩く。
雨水を吸い込んで湿った靴が、足音を廊下に響かせる。
にじゅ。にじゅ。にじゅり。にじゅ。
405号室。あたしはドアの前に立つ。
カッターを後ろ手に隠して、ドアの横のチャイムを押す。
キン・コーン。微かに室内でチャイムの鳴る音が聞こえる。
反応はない。もう一度。
キン・コーン。
心臓が暴れる。あたしは待つ。ドアの向こうに気配はない。
ドアノブを握る。回してみる。回る。鍵がかかっていない。
アタシはそっとドアを開ける。目を近づけ隙間から覗く。ふ、と何かの影が動く。あたしはドアを思い切り開く。

そこには、女の子が一人、立っている。

 

小説「リンゴロッソの恋」 パブーにて発売中。

 

パラレルワールド・3

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「五つ数える」
 風が運んできた男の声の冷酷さが、僕の足を釘づけにする。恐る恐る僕は後ろを振り向く。50メートルくらい離れたところでバイクの上に座ったまま、別の拳銃を手にした白髪の男が、まっすぐ僕を狙っている。
 「俺を撃てなければ、殺す」
 ちょっと!
 待ってよ!!
 「やっ、あの、やめ」
 振り返ってあわあわと僕は手を振る。面白いように足が震えて何だか腰も抜けそうだ。
 「1」
 男がカウントダウンを始める。
 本気だあの人。
 本当に僕を撃つ気だ。
 「2」
 何でだよ。
 何でこんなことになるんだよ。
 「3」
 美猟先輩を振り向かせたい、
 「4」
 ただ、それだけのことだったのに!
 「5」
 ホテルの上空で稲妻が光る。世界が白と黒に塗り分けられる。
 僕を見下す美猟先輩の顔が、くっきりと一瞬、目の前に浮かぶ
 世界と向き合わずに逃げている僕を、自分に欺瞞している僕を、弱い僕を、卑怯な僕を、冷たく見つめる黒い瞳。
 体の中が、頭の中が、心の中が、からっぽになる。
 反射的に紅い拳銃を構え、二つの瞳の真ん中を狙って、僕は引き金を引き絞る。

 ガチリ。

 目の前が真っ白になって音が消える。
 光の輪が一重二重三重に広がって白熱する大きな球が銃口のすぐ前にできて地面がベコンと丸くへこんで体が宙に浮き上がって流れる視界の端の端で白髪の男が大口を開けて笑っているのが遠くに見えてそれから飛んで飛んで飛んで落ちて後頭部を思い切り地面にぶつけ脳震盪を起しながらもんどり打って僕は転がる。ぐわわわわああんと世界がスローモーションになってなかなか元にもどらなくて何十秒か(もしかすると何分か)してやっと感覚がまともになって、激しい雨とうず巻く風と粉塵にむせ返りながら、僕はゆっくりと体を起こす。そしてホテルの方を見る。
 ホテルは無かった。
 ごっそりとえぐり取られたように基礎ごと綺麗に消えていて、まるで隕石が落ちたみたいにでっかいクレーターができていた。クレーターの底には鉄骨やコンクリートが溶けて溜まって、マグマのようにぐつぐつと煮えながら、大量の蒸気を吹き上げている。

                     (RUBY THE KID  Bullet:2)

            小説「リンゴロッソの恋」 パブーにて発売中。

 

 

パラレルワールド・2

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「草薙・・・マリオくん」
「はっはい!」
「あなたとはおつきあいできません」
ほとんど物理的なショックを受けて、僕はその場でガクンとよろけた。
「・・・・・・・・・・・えっ・・・と、あ・・の・・・・・どうし・て」
雲が流れて夕陽の光が戻ってきた。先輩がすっと目を細めた。
「顔」
へ?
「顔がウソくさい」
それってどういう意味ですか?
「大勢の三年の女子があなたのことよく噂してる。あんなキュートでピュアな男子、どこ探してもいないって。でも嘘。あなたコスプレしてる。仮面かぶって自分にも他人にも嘘ついて生きてる。そう顔に書いてあるの」
桜色の唇から流れ出た言葉が、スパスパスパと僕を斬った。
何か言わなきゃ。
言うんだ。
早く。
「・・先輩、ぼぼ僕」

「世界と真っ正面から向き合って生きているかどうかで、男の人の価値は決まるの。欺瞞して逃げてる男は弱いの。弱い男は大嫌い」

頭を鉄の棒で殴られたような衝撃を受けて、僕はその場に立ちすくんだ。キイィィィィンと耳鳴りがして風景がぐんぐん遠ざかった。先輩が僕に背中を向けた。 パレットとナイフを手に取り、再び絵を描き始めた。退場、と言われた気がした。ゆっくりと足を持ち上げ、のろのろと美術室を出た。

                 ☆

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鉄のハンマーで岩を叩き割ったような衝撃音とともに白い閃光が炸裂してジャックナイフを決めたようにディアベルの尻が跳ね上がる。光の線が一直線に伸びてパトカーが跳ね上がって火を噴きながらクラッシュする。二重三重に重なり合って爆発音が響き渡り炎の球がいくつも上がってカーブの向こうに消えていく。ハルが甲高い悲鳴を上げる。武市先生が息をのむ。僕はぶるぶるぶるぶる震えながら白髪の男の横顔を見ている。ゴーグルの奥で男の瞳がギラギラと燃えている。
男がこっちを向く。僕を見る。紅い拳銃を僕に見せる。

「来い。俺が変えてやる」

背筋を電流が駆け上がって鳥肌がたち髪の毛が逆立つ。頭の中で何かが切れる。行け、という自分の声を僕は聞く。キャデラックのバックシートのドアの厚みに足をかけて踏み切り、男のバイク目がけて、僕は思い切りジャンプする。
「あ───っ、バカ!!」
「マリオ─────ッ!!」

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                   (ルビー・ザ・キッド/Bullet : 01)

             小説「リンゴロッソの恋」 パブーにて発売中。

 

だから弱いままでいつづけることは毒だし悪だし罪なのだ。

    

『19世紀末、メキシコの荒野。恋を知らない残虐非道な女アウトロー、リンゴ・ロッソは、騎兵隊との銃撃戦の末に拳銃自殺を企てるが、引き金を引いた瞬間、 21世紀の東京渋谷で投身自殺しようとしている女子高生・赤西林檎の肉体の中に、その魂が入ってしまう。林檎は学校で凄まじいイジメに遭っており、そのことが原因で恋人の少年が不可解な死を遂げていた・・・。「アタシは、アタシを、もう誰にも殺させない」一度は死を覚悟した二人の女が、魂と恋の再生を求めて、荒んだ極東の大都市を駆ける。ダークファンタジー。』

 

「アタシは目を伏せる。沙都実の言ってることは正しい。弱さは人を貶める。叩かれた弱者はさらに弱い者を見つけて叩く。その連鎖には終わりがない。だから弱いままでいつづけることは毒だし悪だし罪なのだ。

 あの朝焼けを見た時にそのことを思い知らされアタシは銃を取ることに決めた。強い者の無邪気な暴力に二度と踏みにじられないために。弱い者の卑屈な悪意に二度と汚されないために。

 アタシはアタシを、誰にも殺させない。
 例えこの世界のあたしが、どんなに弱くて無力だとしても!

                     
             小説「リンゴロッソの恋」 パブーにて発売中。

パラレルワールド・1

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 東京を直撃した巨大台風『ブランカ』は日本気象台観測史上最大級のモンスターで、そんなバケモノが六月の日本にやってくるのは、太陽活動の活性化と人類の狂った経済活動による環境破壊のコンボにやられて地球全体の異常気象がメインステージに突入したせいで、世界はポイント・オブ・ノーリターンを越えてしまった、半世紀を待たずして人間はもちろんすべての生命が絶滅の淵に落ちるだろう、みたいなことを学者や作家や評論家たちがテレビで語りまくっているけれど、今さら騒いだって遅せーんだよバーカ、さあ行くぞ覚悟しとけメチャクチャにしてやっからさ、と言わんばかりに、東京湾沖でさらに大きく勢力を発達させた『ブランカ』は、首都圏全域に暴風警報を発令させ、千三百万都民を家の中に押し込み、スカスカの首都高を突っ走るローズピンクのキャデラックを突風でグニャグニャ蛇行させて、バックシートに座った僕にゲロを吹かせようとしている。
 吐きそうなのはインターに乗る前に武市先生がコンビニで買ってきたワイルドターキーを呑んじゃったせいで、ボトルは隣に座ってるハルが膝の上で抱えていて、ムリクリ言ってついてきたくせにハルはものすごーく不機嫌で、原因は武市先生が口移しで僕に酒を飲ませたからだ。
 「不意打ちだったんだから仕方ねーじゃん」
 「怒んなよ」「ってゆーか何でお前が怒るんだよ」
 くらいは言ってやろうと思うんだけれど、口を開いたら最期なので、僕はじっと黙っている。
 そっぽを向いてるハルの向こう、窓の外をブッ飛んでいく嵐に呑まれた東京の夜景は、CGで作られた映画の背景みたいに、リアリティが全然なくって、まるで夢の景色のようだ。

                   (ルビー・ザ・キッド/Bullet : 01)